LMS
Sound Garden
〜都市空間におけるサウンドの在り方【SOUND GARDEN】〜
■目次
1. 『環境/空間デザインにおけるサウンドデザイン』
1-1. 都市には音が溢れている
1-2. 自然(生態系)の音
1-3. アンビエント/環境音楽
1-4. サウンドスペースデザイン
2. 『SOUND GARDEN』
2-1. コンセプト
2-2. サウンド・コンテンツ
2-3. サウンド・システム
3. 『拡張性・他用途への応用 』
3-1. ラージ、ミディアム、スモール
(空間の用途と規模に合わせたカスタマイズ)
1. 環境/空間デザインにおけるサウンドデザイン
1-1. 都市には音が溢れている
私たちが日常生活で活動する公共空間には、道路、駅前広場、公園などのオープンスペースから、駅や空港のコンコース、デパートなどの商業施設やホテル、レストランなどの屋内空間、オフィスや学校などの半プライベートな空間など、用途や目的の異なる多くの公共空間が混在しています。車の走行音、公園で遊ぶ子供たちの声、駅改札口周辺の雑踏、電車の発着音やアナウンスなど、都市に繰り広げられる様々な種類の音(自然音、産業音、生活音、メディア音など)は、時代と共に多様化し、その区分けや整理も既成の音響学カテゴリーで捉えることが徐々に困難になりつつあります。環境を取り巻くそれら様々なサウンドが日々どのような意味を持って、都市の音風景として私たちの生活に影響しているのでしょうか?『世界の調律』を書いたマリー・シェーファーは、60年代の工業化がもたらす都市騒音に対して、サウンドスケープ(音の風景)という概念を提唱し、都市で繰り広げられる日常の音環境の改善を目的とした、まさしく都市のための広義の作曲の必要性を説きました。かつて工業音が主であった時代から、街頭のデジタルサイネージやスマートフォンの普及により様々なメディア音が溢れる現代において、新たな問題を孕んだ提起となってわたしたちに迫ってきます。
1-2. 自然(生態系)の音
小川のせせらぎ、小鳥のさえずり、虫の音、波の音など、なぜ私たちは自然の音を心地良いと感じるのでしょうか。日本人の好む環境音には、俳句に季語があるように季節を感じさせるものや時間の経過を暗に感じさせるものが多く含まれています。西洋では中世から教会の鐘の音(サイン音)が生活の中に趣としてありますが、自然(生態系)の音を愛でる日本人のそれとはまた少し異なるように感じられます。自然がもたらす複雑性の心地良さだけでなく、私たち日本人は古来から軒先の風鈴や獅子脅し、葉ずれの音を楽しむための庭木の選定と配置、水琴窟など、音によって環境を演出するサウンドデザインを積極的に応用していました。日本の古い建築物に見られる、窓を通じた借景なども環境を視覚的に上手く取り入れようとした試みだと言えます。自然音や時に静寂を引き立てるためのサウンドデザインは、過剰な主張を避け、目立つことなく、その場の環境と溶け込むことで、私たちに居心地の良さを感じさせてくれます。
1-3. アンビエント/環境音楽
近代における環境デザイン的なサウンドデザインにはどんなものがあるでしょうか?音楽において、アンビエントを最初に掲げたものとして、1978年から1982年までの間に発表されたブライアン・イーノによるシリーズがあります。アンビエントという言葉は、一般的には「取り巻く」「周囲の」といった意味を持ち、日本では「環境音楽」と訳されたりもしてきました。このシリーズの最初を飾る「Music for Airports」は、空港のロビーのために作曲された作品で、実際にニューヨークのラガーディア空港やロンドン・シティ空港にて使用されてきました。当時の録音技術としてあったテープレコーダーやテープディレイを楽器のように扱い、明確な拍子やメロディーを持ち込まないことで、過度に人為的な印象を希薄にし、環境との調和を生み出しています。
1-4. サウンドスペースデザイン
イーノは当時の先端技術を用いてそれを行ないましたが、現代においてはテクノロジーの発展によって、より高度なリアルタイムの生成音楽(ジェネレイティブミュージック)が可能となり、有機的な自然環境のような音状況を作り出すことも出来ます。また、都市の具体的な環境の中で、いかに場所の固有性(サイトスペシフィック)の要素を浮かび上がらせるか、という非常に繊細な感性開発的なテーマも、環境情報の取得やセンサーによってインタラクティブに反映させることも可能でしょう。音楽そのものを単に享受するということだけでなく、近年は音楽の持っている二次的効果(音響心理・生理的作用)を積極的に応用し、滞在時間や作業効率への効果などマーケティングの視点からも活用できることから、サウンドブランディングの側面を求められる機会も少なくありません。これまで建築設計やインテリアデザイン、ライティングデザインなど視覚的な部分で行われていたデザインが、サウンドの側からも積極的に行う必要性が生まれてきているということになります。さらに近年は、マルチチャンネルによる立体的な音場構成によって空間を通じた音体験のクオリティを向上させることも積極的に行われ、音楽(ソフト)だけでなく、サウンドシステム(ハード)も含めた総合的な設計が仕上がりを大きく左右します。これらを個別に考えるのではなく、ソフト&ハードをトータルに設計することが重要になってきます。また一方的な聴覚優位というのではなく、建築意匠の観点から、視覚的な要素も含めたバランスのとれたスピーカーの設計など、建築家と共に検討してゆくことで空間を通じたUXの質を最大限に高めることができるでしょう。
今回は、わたしたちLMS (Labratory for Metropolitan Sound)による「SOUND GARDEN」というシステムを具体的な事例に解説していきます。
2. 『SOUND GARDEN』
2-1. コンセプト
2020年春、原宿にオープンした資生堂のフラグシップショップのBeauty Square Harajuku Tokyoに「SOUND GARDEN」システムを導入しました。人々の賑わいと親密な会話が両立する
よう環境と調和し、そして来訪者にとって新たな音体験を生み出し、オンリーワンの空間を創出することを目的としています。 「SOUND GARDEN」は、ハード、ソフト、コンテンツの全てを一括コントロールした音環境システムとなっており、空間を通じた商品と出会う体験そのものをサウンド面からも積極的にデザインしています。
2-2. サウンド・コンテンツ
サウンド・コンテンツは「Interactive」「Generative」「Compositive」の3つのセクションから構成されています。Interactive(インタラクティブ)セクションでは、コミュニケーションを活性化や商品に対する集中度の向上を図り、周波数マスキングという考え方に基づき、店内のコミュニケーションノイズ(生活音)を解析し、空間で起こる様々な生活音をハーモナイズすることで音楽の一部として機能させています。Generative(自動生成)セクションでは原宿周辺の気象情報(天候や温度、湿度や風速)などの環境情報を元にサウンドが変化し生成されてゆきます。時間帯や天候による音色や空間定位の変化など、訪れるたびに異なる表情をみせながら新たな発見と驚きをサウンドから感じることができます。Compositive(作曲)セクションでは、四季や時間の移ろいなど時間経過をほのかに感じさせるタイムライ ンで、全体を統一するブランド全体の印象を音で作り出しています。この独立した3つのセクションは自然現象のようにそれぞれ個別に振る舞いますが、全体として調和をはかり、有機的な一つの音環境として提供されます。
2-3. サウンド・システム
一つのオープンスペースにショップエリアとサロンエリアの二つの異なる用途の空間が混在しています。ショップエリアは10chの2ウェイスピーカーによるマルチチャンネル立体音場を構築し、特注のオリジナルデザインでインテリアとして建築意匠との調和が図られました。サロンエリアにはオリジナル仕様の多面体スピーカーによって空間全体を優しく包み込むように音が降り注ぎ、「なんだか居心地の良い雰囲気でまた来たい」と感じられるような、ポジティブな影響をサウンド面で与えることを狙いました。このように、同じオープンスペース内でありながらも、異なる用途の空間に対して最適化し、視覚的、聴覚的にも差別化を図ることで、それぞれの空間の独自性をサウンドシステムからも表現しています。
3. 拡張性・様々な活用シーン
3-1. ラージ、ミディアム、スモール
(空間の用途と規模に合わせたカスタマイズ)
空間の用途に合わせたカスタマイズが可能な「SOUND GARDEN」システムは、商業施設だけでなく、レストランやホテル、オフィス、病院や学校、駅・空港などの交通機関から車機内など様々なシーンに合わせて改変可能な拡張性の高いシステムです。病院やシェアオフィスで求められる落ち着きや快適さ、空港や駅といった公共の交通機関で求められる総合的なサウンドスペースデザインとしてエリア周辺やサイン音との調和も含めた全体計画など、用途に応じたアップデートを進めています。また、空間規模に合わせて、L(ラージ)=屋内外大型施設、M(ミディアム)=中小規模商店、さらにはS(スモール)=室内用プロダクトといった様々なシーンへの適正スペックのバリエーション開発にも着手しています。
細かな音のディテールは日常生活の中で人々の印象に深く残っていきます。ブランディングの観点からも、独自性のある空間が求められるシーンや、”なかなか音環境についてきちんと出来ていない”など様々なニーズと段階に応じたリサーチから、サウンドに関連する技術的な選択や質問に対するトピックを案内し、長期にわたるブランド力を構築させるデジタル技術によるコンテンツデザイン開発とシステム設計、コンセプトとサウンドブランデイングガイドラインの開発まで、サウンド・ユーザーエクスペリエンスを最大限に活用できるように支援してゆきます。音楽としてのコンテンツは勿論のこと音空間のトータルプロデュースにより、インテリアとしてのスピーカーデザインなど含め、都市空間におけるサウンドの新たな文化の創出も行っていきます。