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進化するフィールドレコーディング 2/3

02 言語化される音のアトモスフィア

フィールドレコーディングが示す新たな音の世界とは何でしょうか?LMSがサウンドスペースデザインについて考える際に、音のアトモスフィア(雰囲気)を言語化して音の価値観を共有していくことも大切だと考えています。先人達が長い歴史をもって確立してきた音楽理論から楽曲が分析できるようになりましたが、野外録音を分析、理論化するなど、音そのものを評価する術は私たち人類にとってこれからの分野になります。生まれ育った時代や環境、文化が違うだけで音への感受性が全く異なっていきます。前回の「進化するフィールドレコーディング 01」に引き続き今回は実際に行ったフィールドレコーディング体験を通して音について考察していきます。

 

 

2018年2月東南アジアのマレーシア領にあるボルネオ島のキナバル自然公園に1週間ほど滞在していました。ここは世界でも有数な生物多様性に富んだ場所であり熱帯雨林特有のジャングルもある国立自然公園は4000mを超えるキナバル山を中心に、その山麓から周辺を数日間に渡りフィールドレコーディングしました。この地を録音する目的の一つが、日本では聴くことの出来ない多様性のある動植物の生態系の音を浴びたかったからです。普段は作曲仕事を中心に音と向き合っていますが、楽曲制作では音程やリズムといったある一定の音楽ルールの上で進む場合が非常に多いですが、これらのルールから解放されて音と向き合う一つの手段としても野外録音は非常に興味深い構造を持っています。そして一番の目的としては自分自身が常に心地よい音を探し求めているからです。自然の音=心地よいという訳ではなく都会の中心でも心地よい音は沢山存在しますが、そんな存在をフィールドレコーディングの中で追い求めています。

 

 

本格的な録音を行う前に数日間周囲の状況を観察することも大切です。自然の音は二度と同じようには再現されません、それだけに時間帯や天候、季節によってその土地の音は大きく様変わります。時間の許す範囲で音の移り変わりのタイムラインを予め押さえておくのも録音には重要な準備になります。見ず知らずの場所には予期できない危険が起こることも多いので、事前にガイドと同行して周囲の自然環境についてレクチャーを受ける場合もあります。この頃のサウンドレコーダーの設定としてはサンプリング周波数を192KHzにしていました。使用したマイクの上限が50KHzと人間の耳の可聴範囲の倍以上を収録できるということで、人が音としては知覚できない高い音の周波数についても興味があったからです。

 

 

まだ夜が明けない早朝3-4時頃より録音は始まります。数日間周囲の調査を行いその中で最適な場所として選んだポイントにマイクとレコーダーを設置します。面白いところがカメラなどの撮影に適した場所が録音にとって最適ではないケースが非常に多いことです。これは視覚と聴覚の本質的な違いを表していることを感じられる例です。そして自然環境の録音をする際にもっとも戦うべき相手は、人が発する生活音です。特に東南アジアはバイク文化により、早朝から仕事での移動をするなどでバイク移動を頻繁に行います。マフラー規制が殆どされていない場合が多く例え森林の中に居ても数キロm先のバイクの音を集音します。そして上空を定期的に飛び交う飛行機の音も同様に収録されます。フィールドレコーディング用のマイクはとても感度が高く繊細に音を録音することができますので、これらの音をどうやって排除するかも重要になります。そして改めて感じるのが自分にとってこれらの音は不快な音として認識されているのだということです。集音マフラーのないバイク音は音圧が常に高く無機質で暴力的な音といったところでしょうか。例えば、オーケストラで楽譜を無視して一人のトランペット奏者がA3になりそうな不安定な音程を延々と力任せに吹いている音楽は聴いていて耳を塞ぎたくなるでしょう。周囲が自然音で囲まれている静かな環境だと更に人間が生み出す音は多大な影響を与えます。そういった事からでもわかるように周囲の音と調和するというのはとても重要な要因になっています。録音の場合は後日ソフトウェア上でバイクの音や飛行機の音などをピンポイントに削除することが可能になってきましたが、これらの排除しないといけない音という存在もサウンドスペースデザインを考える上で大切な要素として捉えていけると思います。次回はこれらの実際の音を分析していきたいと思います。

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