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進化するフィールドレコーディング 3/3

再構築される自然音

私たちが音楽について考える時、自らの感情をベースに音を判断している場合が多いですが更に細部について知ろうとした時、多くの作曲家が紀元前より様々な角度のアプローチで作曲を行なっているため、膨大な量でクリエイティブシンキングされた歴史を考察する必要があります。主に現代ではその中から生まれた音楽理論を用いて音楽の構造を解体して楽曲を理解しようとしています。ただ、作曲家が音を感じて曲を作っていく行為と、それを分析する音楽理論の温度感は必ずしも一致する感覚ではないというところが音楽の面白さであり難しさでもあると思います。

フィールドレコーディングとは、既に自然の中に配置された環境のオーケストラ演奏を聴くようなものです。なぜその音に魅力を感じるのか?このことについて考えていくことはサウンドデザインの新たな指標を見つけるきっかけの一つになると思います。前回コラムに書いた過去のボルネオ島でのフィールドレコーディングは独特な生態系の元に育まれた自然が生み出した音です。とても素晴らしい環境の中で録音された音は「単に良かった」という言葉では満たせない様々な要素が組み込まれています。これらの音をどのように評価していけばよいのでしょうか。

[ Borneo Island , 2018/Feb : Fieldrecording by Junichi OGURO ]


 
まず音に対して評価を行う際には一つは音楽家としての耳を通して考察する方法、もう一つは音の物理的な数値から考察していく方法などがあります。音楽的な分析とは音の調和や響き、またはリズムやメロディーなど音楽の構造として分析していく方法を指し、物理的な数値とは周波数分析によって音を視覚的に捉えて時間軸の中で周波数の経緯を分析していく方法になります。そして録音者が実際に現地で感じる音の感受性も非常に大きな要因になっていきます、これは体感する気象条件や体のコンディション、精神状態、周囲の状況なども大きく影響を与えていきます。

 

今回は周波数分析で音の成分を可視化して考察していきたいと思います。ボルネオ島で録音されたある一部分の音を専用のソフトウェアで解析することで、このような模様にも似た音の成分が可視化されていきます。グラフの右から左にかけて時間が進み、上下は音の高さでもあるピッチを表しています。一般的には音の高さをHz(ヘルツ)という単位で表しますが、440HzがA3(ラ)の音で示せるように、特定の音の高さは音階としても表すことができます。

 


 
まず注目するべき部分が1.5KHz-6KHzの帯域の模様になっている鳥のさえずりです。特に4KHz付近の周波数帯は人間にとって一番敏感に音を感じ取ることができる帯域になっていまして、これらのパートを音楽的に解釈していきたいと思います。この鳥のさえずる声を楽譜として解析してみますと以下のメロディーラインが現れてきます。ただここでも気をつけないといけないのは、音楽的な心地よさは音楽文化的な背景にも影響されていくという部分です。私たちは一般的にクロマチックスケールでもある12半音階という西洋音階によるグリッドで音の並びを認識して耳が馴染んでいることが非常に多いので、これらの主観的な影響も考慮しながら判断する注意があります。


 
メロディーを構成する一つのアルペジオを基準に考えていくと約BPM90前後というテンポが導きだされます。テンポは人間の心拍数との親和性が高い数値です、通常の心拍が60-80ということを考えると少しアップテンポな感じがしますが、Hip-HopやDubというジャンルに近いテンポ感で考えても良いと思います。メロディーラインに関しても人間の男性声楽では裏声でF5付近が最高音に対して、こちらの鳥の声域がG6-C8と非常に高い音で構成されていることが見てわかります。そしてGマイナースケールからDbメジャースケールを交互に行き交うのは複数の鳥たちが示し合わせたかのように(あたかもマエストロがいるよう)演奏しているようにも聞こえます。この全体の調性やテンポの統一感は自然の為せる業でもあり、このある種のオーケストレーションが人の心を惹きつける一つのポイントであると考えられます。

 


 
そしてこのメロディーと同様に背後に鳴り響くバックグランドノイズもとても重要な要素となっています。暗騒音などとも呼ばれるこの背景音は、まさにその土地の響きという重要な音のファクターになります。その土地の地形や森林の形態などで音の響き方が大きく影響して特定のノイズを作り出します、風が流れ枝葉をゆらし複雑な音の反響がなされながら成立していることは容易に想像できます。そしてジャングルなどの森林では特定の反射物がないにも関わらずリバーブ感がでるというとても興味深い音の世界を作り出しています。
 
そして人間の可聴域外でもある20KHz以上の音が粗密のように現れてくるのもとても興味深いです。これは192KHzのサンプリングレートが設定できるレコーダーで50KHzまで収録可能なマイクで録音を行った結果ではありますが、この聞こえない領域にも人と音の関係性を考えるための様々なアプローチが必要だと考えています。ただ一つ言えることはこのような自然環境から生まれる音は、音楽としてアプローチしていくには十分な情報量があるということです。サウンドデザインを考慮する際にはこのような情報もとても大切になっていきます。

 

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